昭和の色恋と平成の色恋の不一致とは一体何?

時は昭和。
まだ携帯電話もないうちのハナシだ。

私に初めて恋人ができたのは、雇用して1人間暮らしをしてからのことです。
今の若者からは考えられない、奥手な女性の方達大ライフでした。

家にいたうちは両親がきつく、ダディーから電話がかかってこよう一品なら、即ガチャン!
家庭通いの学生時代には、近しいボーイフレンドなど叶いみたいもありませんでした。

周辺はみな、アッシーさんだのメッシーさんだの複数はべらせて、それはそれは鮮麗で楽しそうな女性の方達大生ライフを満喫しているのに、自分は…!
厳格な両親の「小児はいません、ガチャン!」さえなければ…
と、どれだけ黒電話をうらめしく眺めたか、わかりません。

なので、民家を出てから、真っ先に買ったのは、留守番電話。
初めての自分だけの電話だ。

これで、おもう存分、異性がもらえる!
と本気で信じていました。

自分の主張での回答言明を吹きこんでは、
素っ気なさすぎるかしら?
いいえ、これだと、媚びてるみたいだわ…
と何度もやり直しては、ワクワクドキンドキン。

これから、一体何方からどのくらいここに電話が要るのかな?
と胸をときめかせていた、純情すぎる23才の春。

そして、友人の紹介で知り合った輩からの電話が、たびたびかかるようになったのは、留守番電話を買って1ヶ1箇月のうちでした。

リン、となると、あの人間かな?とドキドキしながら気取った主張で電話を取り、お風呂に入っている間にかかってきたら困難!と、いそいそと留守番電話をセットします。

毎晩1時間は貫く、初めてできた彼との電話は、双方なかなか切れず、
「切って」「いや、さんから切ってよ」「じゃあ、いっせいのせ、ね!」
と、近頃で言う「バカップル」本体でした。

そつて蜜1箇月が過ぎ、離婚をどうやって切りだそうか面食らう機会には、
電話が鳴り渡るとドキリとして、彼だったら出たくないな…と居留守をつぎ込み、留守番電話を合体。
別の友人の主張がすると、慌てて受話入れ物を取り去るという連日。

ついに離婚を切り出したのは、文章でした。
会って話す肝ったまはないけれど、電話でお離れ、なんて失礼なことは出来ない、と悩んだ末日の、最後の書簡。

ネットで異性人間をみつけ、LINEでサヨウナラを呼べる近頃は、確かにスムーズだけれど、
そんなトキメキやドキドキは、絶対に味わえないのではないでしょうか。

そしてあれから四半世紀たった今、あの初めての彼は、近頃どうしてるのかな?と、時折思い出すこともあります。

SNSなどで調べれば知るかもしれないけれど、昭和の異性には似合わないので、それはやりません。

あの時代の代表とも言える、目印のついた電話とともに、心の裏に、そっとしまっておきましょう。マッチアラームという恋活アプリはおすすめです。